渓月院(曹洞宗)

〒743-0061 山口県光市大字小周防2175

電 話/0833-77-2215

FAX/0833-77-4262

【御詠歌】

慕ひきて 渓の御寺の尊さや

光明くまなき 法の月光 

 

【大内・毛利氏の保護】

 光市は、新興の工業都市である。

 市街の北、支流の笠野川が、島田川に合流するあたりに溪月院がある。境内は椎の木の森に囲まれて、光市自然環境保全地区に指定されている。

 以下、寺伝を記す。

 道元禅師より六代目の方で、鹿児島県福昌寺の開山・石屋真梁禅師の嫡孫・大庵須益大和尚を開基とする。創建は「寺伝」や「寺社由来」などによると、文安年中(1444~49)とするが、「周防村郷土史」には、文安二年(1445)とある。いずれにしても、後花園天皇の御代で、室町足利将軍時代の事である。

 創建された当初は、興廃を重ねていたが、長享元年(1487)広島県廿日市市洞雲寺の開山・金剛用兼禅師嫡子・章山禅師が開山となり、嫡子の洞雲寺三世・津翁道要禅師は自ら当山の二世となり、山号を亀玉山として、寺運の回復につとめ、禅風日々に隆盛となり、溪月院の中興主と崇められる。

 当院は大内氏・毛利氏の篤い保護を受け、大内氏より拝領した掛軸は、寺宝として現に保存してある。毛利元就の陶晴賢攻めには、当院を仮陣屋にして、沼城(須々万城)を攻めた。毛利綱広は寛文五年(1665)本堂の再建に着手、同七年に完成した。また開山の章山禅師は、永正十年(1513)九月十六日遷化、墓は歴代住職と共に山内にある。

 金剛禅師は、徳山市長穂の龍文寺で修行、早くから名僧の誉れ高い人であった。その頃、衰えていた大本山永平寺の再興に尽力され、永平寺でもかなりの役僧となり一層脚光をあびた。

 金剛禅師の流れをくむ溪月院は、広島の洞雲寺、下関の功山寺、徳島の丈六寺と併せて四道場の一つに数えられる。末寺十一ヵ寺・孫末八ヵ寺を持つ古刹で、防州東部の一大禅林に称せられる。

 

【道順】

電車・バスの場合=山陽本線・光駅からタクシー十五分。同・島田駅からタクシー八分(台数は少ない)。また、JR岩徳線・勝間駅からタクシー五分。

車の場合=山陽自動車道・熊毛ICを下りて右へ、すぐの信号をさらに右折、八幡所の交差点(信号あり)を右折四〇〇メートル、寺の看板に従って左折七〇〇メートル突き当たり。山門前に駐車場あり。普通車二〇台可。大型バスは寺の看板のある道路上に一時停止、徒歩七〇〇メートル。 


中国四十九薬師霊場会事務局

〒  680-0015    鳥取県鳥取市上町162 観音院内 ☎ 0120-089432