覚天寺(曹洞宗)

〒756-0001 山口県山陽小野田市大休1867

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【御詠歌】

 

 

 

【宍戸広貞の菩提寺】

 周防灘に面した山陽小野田市は、鎌倉時代すでに採炭の跡が認められるように、製塩に加えて石炭の積出し港として栄えたところである。

 市外を有帆川が流れる。有帆の語源は定かでないが、神代の昔、この浦で神功皇后が帆を上げたという伝説がある。

 覚天寺は、有帆川の左岸台地にある。

 「小野田市誌」には、

 往古、定林山大休寺と号した。瑞松庵四世中翁守邦和尚が、正長元年(1428)隠居所として建立したのが創まりという。

 その後、無住となり、寺運も衰えたが、元禄四年(1691)領地替えにより、厚狭の鴨庄から有帆の大休・中村を拝領した宍戸広貞は、同寺を復興して菩提寺とした。

 中興開山は、岩崎寺三世木雲素欣和尚である。

 享保十五年(1730)宍戸広貞が死去。その法名「見性院殿一超直入居士」にちなみ、寺号を定林山見性寺と改めた。

明治初年、宍戸家が禄を離れたために一時は廃寺となったが、村民はこれを嘆き、同六年に旧寺地へ豊北町田耕村にあった覚天寺を引寺して現在に至る。

 覚天寺は、長府毛利家の重臣・三沢摂津守為虎の菩提所。もと高林寺という。慶長十七年(1612)為虎の没後、その法名「雲叟覚天大居士」より改称した。

 引寺に際して、長府の功山寺三十五世主黄和尚の法弟・雲峰和尚が奔走した。本尊・山門・灯籠などを移転、その功をたたえて中興開山とする。

 

【道順】

電車・バスの場合=JR山陽本線・小野田駅から船木行きバス(一時間に一本程度)にて「中村」下車、進行方向へしばらく行くと団地の間の広い道を右折、突き当たり。バス停から徒歩十分。小野田駅からタクシーで約十分。

車の場合=山口市方面からは国道二号線を西へ、岡崎八幡宮の看板を過ぎ、楠町茶屋の表示のある信号を左折し、県道宇部船木線を南へ、左手の団地の突き当たり。山門下と境内に駐車場あり。普通車十台程度可。大型バスは境内下の駐車場へ。小野田ICより約十分。 


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