円政寺(真言宗御室派)

〒758-0077 山口県萩市大字南古萩町6

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【御詠歌】

 

 

 

【金比羅大権現の霊験】

 萩市内に、昔日の面影を色濃く残す「萩城城下町」(国指定史跡)がある。路地は江戸屋横丁・伊勢屋横丁・菊屋横丁に分かれて、右端の江戸屋横丁に円政寺がある。神仏混淆の境内は昔のままで、幕末に活躍した志士たちの跡を偲ぶことができる。寺伝にはおよそ次のように記す。

 慶長九年(1604)毛利輝元の萩開府以降、山口にあった月輪寺円政寺は萩領内の塩屋町に移り、山口には地名だけが残った。このとき、塔頭の大乗坊も南古萩に移転、瑞現山法光院と改称して、伝法山満願寺(真言宗)の末寺となった。

 維新のあと新政府は、慶應四年(明治元年)に神仏分離令を出したが、法光院住職は、金比羅大権現の存続について請願した。その結果、運よく廃祠を免れた。

 ところが明治三年に、法光院が廃止されることになり、同四月に円政寺を移した。また十月には呉服町の成就院を合併して現在に至る。その後、塩屋町にあった旧円政寺の建物は、北古萩にある海潮寺の庫裏に移築した。現に大内氏の家紋がついた鬼瓦は、円政寺の昔を物語る遺品である。

 金比羅堂は当初、境内の西、田辺氏の屋敷神であったが、霊験あたらかにして、当寺に移したとか。移築の年代は定かではないが、石鳥居には延享二年(1745)の年号が刻まれており、大正十年(1921)には二百年祭が行われた。堂宇は特異な構えであるが、均整のとれた建物で、周りに十二支の彫刻を施す。金比羅大権現は、般若守護十六善神の一、仏法を守護する夜叉のことである。

 金比羅社には、次のような逸話がある。

 文化十二年(1815)城下の香川津に住んでいた権蔵と利吉の二人が、母の病気平癒を祈念して、七日七夜、断食して金比羅社に詣でた帰り、雪道で凍死した。藩主の命により、二孝行の美談をたたえて、その地に頌徳碑を建立した。

 次に拝殿の前に掲げる天狗の奇面である。天保十年(1839)近所に生まれた高杉晋作が、幼少のころにこの面を見て、何事にも恐れない精神を養ったという。

 

【道順】

電車・バスの場合=JR山陽新幹線・山陽本線の新山口駅から特急バス萩号(一時間一本程度)にて「萩バスセンター」下車、西へ徒歩一キロ、県立萩美術館近く。JR山陰本線・東萩駅から三キロ、タクシーあり。

車の場合=中国自動車道・美祢ICを出て秋吉台を経て萩市内へ。または山陽自動車道・防府東ICを出て山口市内を経て萩市内へ。県立萩美術館を目標に寺に至る。萩市民球場の観光客用駐車場に普通車一〇〇台、大型バス二〇台可。県立萩美術館の駐車場に普通車五〇台可。国指定萩城城下町内は道路が狭く一方通行が多いので注意が必要。


中国四十九薬師霊場会事務局

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