座光寺(天台宗)

〒680-1442 鳥取県鳥取市菖蒲536

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【御詠歌】

ちかいたて じひのひかりを いつまでも

かがやくやくしの のりのともしびよ

 

 鳥取県の昔は、「因幡の雨、伯耆の風」といわれるように、二つの旧国名に分かれて、それぞれ国府が設置されていた。

 摂関政治の華やかなころ、因幡国は藤原惟憲のあと橘行平が任ぜられた。その様子を『因幡堂薬師縁起絵巻』の「受領下国の図」に見ることができる。この縁起絵巻にいう因幡薬師は、座光寺の本尊であった。それを橘⾏平が都に持ち帰ったのである。そのことについて、寺史はおよそ次のように伝えている。

 ―古海郷に大豆桑堂を祀ったのが初めといわれる。天徳年間(九五七~̶六一)に創建、薬師寺と称されていた。

 以来、およそ四十六年間、安置していた薬師仏を、因幡国司に赴いた橘行平が京都へ持ち帰り、自家を改築して因幡堂と称したのが、京都の松原通り烏丸にある現在の平等寺である。

 一方、因幡の薬師寺では、残った台座と光背をもって座光寺と改称。ときに寛弘年間 (一〇〇四~一二)̶であるが、延宝年間 (一六七三~八一)に行平の屋敷跡に寺構を移して、菖蒲山座光寺薬師院と号した。

 正徳二年(一七一二)僧伝海が中興した。その慶びも束の間、天明六年(一七八六)一月農民一揆で堂宇を全焼、惜しくも光背を焼失したが、台座だけは難を免れた。現堂宇はその後の再建である。


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