東源寺(天台宗)

〒681-0024 鳥取県岩美郡岩美町岩井478

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【御詠歌】

 なむやくし 諸病を御湯に をさめおき

むびょうでかへる 身こそたのしき

 

 鳥取県の東部を流れる蒲生川の左岸に位置するのどかな温泉地。

「薬王の湯」「銀の湯」「島根の湯」「ゆかむりの湯」ともいう。⼭陰地方で最も古くから拓けた湯治場である。

 これまで岩井温泉に二度訪れた。最初は湯治が目的であったが、次は摩尼寺に曾遊した帰りだったと思う。そのとき、中庭の露天風呂に浸ったことも記憶のなかにある。

 東源寺は、山頂に湯かむりの塔、愛宕権現をまつる愛宕山のふもと、温泉街の中にある。毎年元旦午前零時に噴出した薬湯が各旅館から供えられる。

『天台宗寺院大観』には、

―医王山東源寺、本尊薬師如来 (三尺一寸座木像) 本堂・庫裡・鐘楼・境内地二百坪・田畑云々。

 次に、寺伝を紹介する。

 平安時代に左大臣藤原冬嗣の後裔・冬久卿が皮膚病を患い、悩んだ挙句、旅にでた。岩井の地に来て行き倒れたとき、夢枕に神女 (薬王菩薩) が現れて愛宕山の下に錫杖を突き刺すと、たちまち湯が湧き出た。そして神女は、「われは医王と申す。湯浴びすれば治るであろう」と告げて姿を消した。冬久卿は薬湯に浴すると即座に全快した。

 そこで冬久卿は愛宕山麓に草庵を結び、比叡⼭より請来した薬師如来を安置したのが創まりという。説に像は、伝教大師作と伝えられている。

 爾来、冬久卿は京都宇治に戻らず、当地に湯治場を拓いて諸人に施した。これが岩井温泉の始まりで、田畑を開拓し、宇治という集落を作り住人を富裕にしたので、宇治長者と讃えられた。

 その後、義祥二年 (八四九) 慈覚大師が入唐の帰路、この庵に立ち寄り、湯栄山如来寺の尊号を授けた。

 江戸時代貞享三年 (一六八六) 本堂・愛宕堂・鐘楼堂を再建、医王山湯元寺と改称。のち、因幡東の国の東端で、第一番の湯源であるとのことで東源寺と改めて現在に至る。


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